株式会社岩手ビッグブルズ 代表取締役社長 水野 哲志様
この度は開業40周年をお迎えされましたこと、誠におめでとうございます。
地域に根差し、地域のために、これまでご尽力をされてきたこと、改めて感銘を受けております。東日本大震災や台風などの甚大な被害から不屈の魂で復興、復旧を果たし、多くの方々に欠かせない列車として、そして想いを運ぶ列車として、大きな存在となられております。岩手のシンボル「三鉄」。今後とも、さらなる発展を心よりお祈り申し上げます。
三陸鉄道を勝手に応援する会、三鉄黒字化プロジェクト座長 齋藤 徳美様 (岩手大学名誉教授)
震災復興と地域創生は表裏一体であり、沿岸地域のなりわい(生業)の創生や地域コミュニティーの維持に大きな役割を担う三陸鉄道の存在はこの地にとって欠かせない。三鉄がなりゆかなることは震災復興の失敗と同義であり、鉄道が廃止されて栄えた地域はないのである。
プロジェクトは、13市町村首長・職員体験列車の運行、黒字化(黒鹿)せんべいの発売など、様々な知恵を絞ってきたが、次の50年に向けてさらに尽力したい。
第三セクター鉄道等協議会 会長 小池 裕明様
この度は開業40周年を迎えられましたこと、誠におめでとうございます。
東日本大震災、令和元年台風19号などによる苦難を全社員、ご家族、地域の皆さまと乗り越えられ、変動する時代の中で常に一歩先を見据える取り組みに感服いたします。今後の更なるご隆盛を祈念いたしますと共に、地域鉄道の更なる発展に向け、共に頑張って参りましょう。
鉄道写真家 中井 精也様
三陸鉄道が開業40周年を迎えられるとのこと、本当におめでとうございます!
日本初の第三セクター鉄道として、ローカル線の未来を切り開いて来た三陸鉄道。特に東日本大震災からの復活、そして日本一長い第三セクター路線「リアス線」の運行開始など、どんな苦境にあってもあきらめない姿には、写真家として、人として、大きな勇気をもらい続けてきました。
僕と三陸鉄道との出会いは、開業初日である1984年4月1日。そう、僕と三陸鉄道のお付き合いも40周年!
今後もずっと撮り続けていきますので、ますます「三鉄。頑張んべし!」
2012年11月1日撮影
日本製鉄釜石シーウェイブス ゼネラルマネージャー 桜庭 吉彦様
この度は開業40周年、誠にありがとうございます。昭和59年4月の開業の際、故郷の秋田でこのニュースを見たことを懐かしく思い出します。そこから40年、数々の苦難を乗り越え地域の基幹交通として歩まれて来られたことに敬意を表したいと思います。
三陸鉄道が力強く走る姿は地域の象徴であり、一つの風景のような存在です。ラグビーの試合での利用促進においてぜひご一緒に地域を盛り上げていければと考えております。
東日本旅客鉄道株式会社 盛岡支社長 久保 公人様
開業40周年おめでとうございます。JR東日本と三陸鉄道の線路はつながっていますので、三鉄車両を「東北本線リアス号」や大船渡線乾杯列車として運行したり、逆に弊社車両がリアス線を走るなど連携を続けています。
また、「ひなび」と「洋風こたつ列車」に両方乗れる旅行商品など一緒に話題を作ってきました。2024年は3月までの「いわて冬季観光キャンペーン」に続き、秋にも岩手県観光キャンペーンを予定しています。今後も力を合わせ、鉄道を通じたいわての魅力発信を続けていきましょう。
望月 正彦様 (2010~2016年 代表取締役社長)
昭和59年4月1日、私は三陸鉄道宮古駅にいました。私は当時県庁の総合交通対策室に勤務しており、三鉄の開業担当だったのです。開業前の6か月ほどの間ミス三鉄の選考、開業キャンペーン、記念式典など楽しい仕事に携わりました。
当日の朝、宮古駅前は人があふれ、マスコミのヘリコプターが空を舞い、久慈からの始発列車は宮古駅到着が2時間以上遅れました。各駅が人であふれ、列車への乗り降りがままならなかったとのこと。あれほどの熱気を、私はこれまで感じたことはありません。
あれから40年の時が流れ、社会経済情勢は大きく変わりました。三陸地域の少子高齢化、過疎化が急速に進んでいます。加えて、東日本大震災や台風の大きな被害が三鉄を襲いました。全国のローカル線もそうですが、三鉄も厳しい状況が続いていると思います。
なぜ三鉄は赤字が続いても、災害で大きな被害を受けても復活できたのでしょうか? 私は、やはり地域の皆様のご支援・ご支持が大きいと思います。加えて特に東日本大震災の際は、日本全国はもとよりクウェート国など多くの皆様から様々な支援・応援をいただきました。私も当事者として、感謝の気持ちでいっぱいでした。
鉄道が廃止されて栄えた町はありません。三鉄には地域の人々の生活の足として、そして全国から多くのお客様をお迎えして地域を活性化する大切な役割があると思います。どうぞこれからも地域の大切な交通機関として、人々の笑顔をつないでください。
がんばれ三鉄!!!
盛岡市副市長 中村 一郎様 (2016年~2022年 代表取締役社長)
旧国鉄改革により第三セクター鉄道に転換した鉄道としては全国第1号の三陸鉄道。
三陸の地域の皆さんの悲願であった三陸の鉄路が初めて三陸鉄道で1本につながり、1984年に運行をスタート。以来、東日本大震災津波や令和元年の台風19号による被害などを乗り越えての40周年、おめでとうございます!
これからも、地域の皆さん、全国の皆さんの笑顔を運び、人と人、地域と地域をつなげる役割をしっかり果たしてください。期待しています。